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滝山城築城記(6)-悩みに悩んで変なのつくる-

みなさん、こんにちは。

現在八王子市から受託した滝山城の城ラマの作成を進めており、その様子をブログにしております。

今回はその6回目です。

 

 

まぁ、城郭復元などと大層なことを謳ってはいるものの、やっぱり最後までよくわからない、もしくはイメージできてもうまく立体表現できないところは結構あります。

 

 

滝山城でも最後まで決まらなかったところが、2カ所。

 

 

1つは、現在のメインの入り口となっている南側の虎口

 

 

そしてもう一つは山の神曲輪の手前にあるピークです。

 

 

まずは1つ目の南側の虎口についてです。

 

現在の登城ルートは谷筋に入り、小宮曲輪の東側にある堀に出てそのまま北に向かいます。

現地の案内板では、当時の登城ルートも基本的にこのルートを踏襲して推定しています。

ただ、私には現在のこのル―トは車道を通す為に、もともとそこにあった土塁のラインを壊して作られているように見えました。

 

南虎口現状2

(現状の南虎口の概略図)

 

 

 

浅野家文庫諸国古城之図を見ても、堀の脇には道が通っているような書き方はしていないように思います。

 

南虎口付近の比較

「虎口次第に低し」と書いているように、むしろ、その上の土塁上からアプローチしていることを示唆しているように感じます。

 

 

ちなみに、ここにある滝山城の東から南にかけて存在している土塁のラインもよく分からない存在で、結構しっかりと防衛ラインを作っているように見えるのですが、よく見てると決してこのラインで頑張って敵を防ぐようにはなっていません。

 

守っていない土塁

(東京都教育委員会『東京の城館』の滝山城の図を加工しております)

 

 

少なくとも赤い矢印を示している2か所は、現状では土塁と尾根が繋がっており、土塁と尾根の間には何の障害物も確認できません。つまりこの土塁のラインを城内として位置づけているのではなく、城の外側という意識であったろうと思います。

 

 

で、この虎口付近の土塁の形をどのように元の形に再現(推定)していくか?

平面図では単に線を引くだけでくっつくのですが(笑)、立体として、さらに高低差に不自然でないように作っていくのは結構大変で、なかなかイメージしたものが形にならなず、何度もトライしてようやくできたのがコチラ。

現状からはかなりの造成工事となりましたが、なんとかイメージに近いものになりました。

 

南虎口変更

(南虎口最終案)

 

 

 

あと1つは、山の神曲輪の手前にあるピーク。

これは、本当に最後の最後まで悩みました。

この辺りには現状はほぼ遺構らしいものは確認できず、唯一西側に堀のような窪みと土橋か胸壁の遺構のように思えるものが微かに確認できるという感じ。

ピークの南側は一段低くなっていて、そこは現在霊園になっていますが、この霊園は元の地形をかなり改変して造っています。

恐らく平らにするために、山を削り低くしているのと、霊園の面積を増やすために東側にある谷を少し埋めていると思われませす。

 

霊園

(東京都教育委員会『東京の城館』の滝山城の図を加工しております)

 

 

たまたま国土地理院の写真データでこの土地が造成しているものを見つけましたが、霊園の平場を作るためにブルドーザーとかいれてかなりやってますね。

 

滝山航空写真1961

(国土地理院の1961年の写真を加工しております)

 

 

現霊園は、このピークから南に延びる尾根を造成したものであるので、このピークは霊園のある尾根筋(南側)に対して何らかの構えを取っていた可能性があります。

滝山城は全体的に南側に対しては防衛の意識が低いのでで、あまりギシギシはしてなかっただろうと思うのですが、それでもL字型に曲るラインの軸に当たる部分に存在しているので、なにも無かったというのも考えづらく・・・

元の地形が分からない以上、あまり大胆なことはしたくないので、できれば堀切なんかでズバッと尾根を切って完結して「シラっと」できれば一番よかったのですが、困ったことに滝山城には尾根筋が沢山あるのに、そのように明確に尾根を堀切で切って完結しているところが見当たらないのです。

ここだけ全く異質のものになるのもおかしいので、緩い切岸を伴った屋敷地を置くことくらいしか方法がないように思いましたが、今ある遺構らしき堀と土塁をどのように絡ませるか・・・もう全くよくわからず、何度も何度も作り直しをして、ようやくこの形になりました。

 

l字

(ちょっと恥ずかしい・・・・)

 

 

正直、変な虎口なんて作っちゃって、素人感丸出しで全くいけてないなぁーと思っているのであまり細かく見ないでください(笑)

ま、最後はテキトーにってことで!

 

 

苦労しつつ、現在も鋭意製作中です!

 

著者情報

二宮博志

二宮博志

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